長男のオムツを履かせ忘れて大惨事になったけど、何故か笑えた話
親の失敗は子どもに見せた方がいい。
◆嵐の前の静けさ
その日は妻が仕事でぼくが休み。
3人の子どもたちのワンオペ育児の日。
ぼくは朝から、優雅に妻が淹れてくれておいたアイスコーヒーを飲む。
いい朝だ。
机の上には次女が残した食べかけのパン。
奥から机を登って迫りくる長男。
いい朝だ。
お昼前に体操教室がある。
そして別件で午前中のうちに銀行に行かないといけない。
ぼくは脳内で、どうしたらこのミッションを無事に達成できるかを考える。
でもその前に、やるべきことが1つ。
1歳半の長男のオムツを替える。
オムツを履かせてズボンを履かせる。
いつもこなしている朝のルーティン。
この日もそつなくこなしたはずだった。
だけど、しばらくして気づく。
「??」
履かせたはずのおむつが床に落ちている。
・・・待て。
まだ慌てるような時間じゃない(仙道)
可能性は2つある。
1.この床のオムツはダミー。長男はちゃんとオムツを履いている。
2.この床のオムツは精巧に作られたおもちゃ。長男はちゃんとオムツを履いている。
なんだ、大丈夫だな。
どちらでもちゃんとあの子はオムツを履いてるんだから。
・・・・本当か?
3つ目の可能性を見落としていないか?
いや、ぼくはその結論に至りながら目を背けていた。
3.この床のオムツは長男が履いているはずのオムツ。ぼくが履かせ忘れている。
ノーオムツ ダイレクトズボン。
育児って、たまに
「なぜ人間はこんなミスをするのか」
と空を仰ぎたくなる瞬間ありませんか?
ぼくの場合、まさに今がその瞬間。
待て。
まだ慌てるような時間じゃない(2回目)(焦燥)(メダパニ)
大丈夫、間に合う。
まずは事実確認だ。
長女「パパ、〇〇くん臭い」
オワタ\(^o^)/
事後の長男に駆け寄る。
うん、ちゃんと履いてない。
ドボン。
ダウト。
こういう時に限って盛大に催している長男くん。
結果、ズボンは大変なことに。床も。
だってオムツ履いてないもん。
そりゃダイレクトに落ちるよねええ!
◆お風呂場にて
大パニック。
3人目にしてついにノーオムツをやってしまった。
ひとまず大慌てで長男を風呂場へ連れていく。
後ろで、娘2人が何か言っている。
「パパ、何やってんのwwww」
「www」
本当に、ぼくは何をやっているのか。
オムツ履かせずにダイレクトズボンとかもはや正気の沙汰じゃない。
疲れてるのか。
でも、汚れたズボンを洗っている自分が何だか逆に笑えてきた。
娘たちの揶揄に乗っかってぼくも大笑いした。
そうしたら、この失敗もなんか悪くないと思えた。
ついでにお風呂の排水溝とかの掃除もしちゃったりして。
転んでもタダでは起きない男。
できるパパは失敗を無駄にしないのだ。
◆不機嫌にならなかった
正直に言うと、いつものぼくならこんなことがあったらちょっと不機嫌になっていたと思う。
予定があるのに前に進めずイライラしてしまうあの感覚。
「もう!」
「なんで!」
パパママたちが必ず言ってしまうセリフランキング1位、2位のセリフ。
育児中のトラブルは、ひとつひとつ見ると小さい。
でも、ワンオペで3人を見ている日に起きると、急に重くのしかかってくる。
予定がずれる。
手が足りない。
子どもが泣く。
そして自分のミスまで乗ってくる。
これはなかなか効く。
だから笑えない日があるのも普通。
むしろ、笑えない日のほうが多いかも。
でもその日は、娘たちと一緒に「パパがやらかした話」として笑いに昇華できた。
ズボンは大惨事なのに、笑いに変えることが出来た。
この違いは何だろう、とあとから少し考えた。
出来事そのものが軽かったわけではない。
実際、大惨事だったし。
◆心の余白
ぼくの心に、たまたま少し余白があったのかも。
失敗は心に余白がないと攻撃性を増すもの。
自分への攻撃にもなるし、子どもへの不機嫌にも繋がる。
親も人間だからそれは仕方ない。
でも心に余白が少しあると、同じ失敗が笑い話になる。
今日は、たまたまそっち側に転がった日だった。
たまたまじゃなくて毎回こうだったらいいのにね。
自分の心に常に余白を持つにはどうしたらいいのかな。
そんなことを考えた1日でした。
皆さんは心に余白、ありますか?
てるまに
終
読んで頂いてありがとうございます。
日常を大げさに切り取って楽しむ方法の発信をしています。
登録してもらえたら椅子から転げ落ちて喜びます。
ではまた。



