もしも給料がマックの引換券だったら
――この世界では"給料"を食べきらないと、捕まる。
先日、8歳の長女と朝マックに行ってきた。
タッチパネルで注文を終え、便利な時代になったものだと思いながら客席に腰を下ろした。
長女は朝マックのハッシュドポテトが楽しみだと言っている。可愛い。
平日の朝だが店内はそこそこ混んでいる。
ふと周りを見渡す。
いかにも仕事ができそうな初老の男性が、後からやってきた男女二人組と名刺交換をしていた。
マックでビジネス。
朝マックに来て朝マック以外のことをしている時点で、もうぼくとは違う種類の人間たちである。
ソーセージエッグマフィンに齧りつきながらぼくが感心していると、長女がその名刺交換の様子を見ながら言った。
「ハンバーガーの券交換してるのかな?」
なるほど、その発想はなかった。可愛い。
もし本当にあれが名刺ではなく、ハンバーガーの引換券だったら………
ククク、久しぶりだなこの感覚。
ぼくは脳内で領域展開-給券無間(きゅうけんむげん)-を発動する。
この世界では、給料がマックのハンバーガー引換券で支払われる。
給料日になると、会社からやたら分厚い封筒が渡される。
ハンバーガー券、180枚。
チーズバーガー券、40枚。
ビッグマック券、3枚。
ポテト券、12枚。
ふむ、ビッグマック券3枚か。
今月はよく頑張ったな。
給料として受け取った券は、期限までに必ず使い切らなければならない。
「食べきれないから捨てよう」は許されない。
フードロス、ダメ、絶対。
燃やしてもダメ。
破ってもダメ。
公園のベンチへそっと置いてもダメ。
すべての券にはマイクロチップが内蔵され、誰に支給され、現在は誰が持ち、何枚残っているかを管理機関が把握している。
ハンバーガーからは逃げられないのだ。
月末になると、スマホへ通知が届く。
”未消化給与、残り18枚。期限まであと12時間です”
期限を過ぎれば「給与未消化罪」である。
翌朝には管理機関の職員がやってくる。
「おやおやぁ?昨夜の時点でハンバーガー券が3枚残ってますねぇ」
「い、いや、食べようとはしたんです」
「ほほう?では23時47分、コンビニでカップ麺を購入されてますがこれは?」
なんで知ってるんだ。
高圧的な職員。
給与未消化罪の適用と共に現れた彼らは、今や市民にとって恐怖の存在である。
券を人に譲ることはできる。
ただし、使い切る責任は最初に給料を受け取った人から動かない。
渡した相手が実際にマックで使って、ようやく自分の残高が減る。
だから道端で知らない人に券を押しつけても安心できない。
その人がモスへ行ったら終わりだ。
■胃袋が足りない
この世界では、実は高給取りほど苦しい。
月に500枚もらっても、消化できないからだ。
朝マック。
昼マック。
夜マック。
最初は喜んでいた家族も、3日目にはハンバーガーを見て笑わなくなる。
健康診断で医者が言う。
「少しハンバーガーを控えてください」
「でも、先月の給料がまだ80枚残ってるんですよ!!」
働くほど健康を失っていく。
増えるのはカロリーと引換券だけ。
そのため、仕事ができるエリートは普段から「自分の給料を使ってくれる人」と関係を築いている。
大事なのは人脈ではなく、胃脈。
たくさん稼ぐ人より、たくさん食べてくれる知り合いがいる人のほうが強い。
つまりこの世界で大食いランカーたちは神にも等しき存在。
とくにテレビでお馴染みのあの大食い女王は、地上波の大食い番組で引換券を集めてハンバーガーを食べまくる企画でバズり散らかし、いまや”暴食神”と呼ばれている。
あと、ワイプであの大物芸人も「すげえ!」って言いながらいつもハンバーガー食べてる。
■マックで行われていた取引
そう考えると、あの初老男性が男女二人と交換していた紙の正体も見えてくる。
三人は引換券を両手で差し出し、スマホをかざす。
ピコン。
“所有者が変更されました。なお、消化責任者は変更されません”
「本日はビッグマック券を10枚ずつ、よろしくお願いいたします」
初老男性が頭を下げる。
男女二人も頭を下げる。
「お任せください。こちらアイスコーヒーの引換券です」
互いに笑顔で券を受け取る。
その直後、店員が大量のビッグマックを三人のテーブルへ運んできた。
男女が不敵な笑みを浮かべる。
ビッグマックの包み紙を嬉々とした表情で開き、とんでもないスピードで次々と食べていく。
みるみる減っていくビッグマック。
隣でアイスコーヒーを優雅に飲む初老男性。
男女の襟にきらりと光るあのバッジ。
あ、あれは!?
大食いランカーのライセンスバッジ!!
請け負った仕事はすべて完食がモットーのプロフェッショナル。
ぼくはてっきり仕事のできそうな人たちが商談をしているのだと思っていた。
違った。
あれは高給取りの初老男性と大食いランカーが互いの利害の一致で行う業務提携だ。
( ゚д゚)ハッ!
領域展開が終わったようだ。
長女を見る。
両手でハッシュドポテトを持って口いっぱいに頬張っている。可愛い。
あの初老男性たちは。
名刺交換を終え、朝マックしながらパソコンを広げている。
うん、もし給料がマックの引換券だったら色々困りそうだ。
世の中はうまくできている。
そんな妄想をしながら、ぼくはアイスコーヒーを優雅に飲んだ。
でも引換券は何枚でも欲しいなぁ。
・・・無理のない範囲で。
終
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またね。
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お嬢さんの発想はかわいいなぁ。
お父さんの発想はカオスだなぁ🤣
給券無間の世界では、年功序列=若い人がいっぱいもらって、歳が上がるにつれて枚数が減っていきそう🤣